永瀬廉 ✕ 片想い ④

 

その日は、楽屋で紫耀が携帯電話を

片手にしてる姿が視界に入るだけで

言いようのない感情が何度も俺を襲った。

 

あの後、2人がどんな時間を過ごしたのか

なんて、考えても思い浮かぶのは

俺がどんな手を使っても引き出せなかった

彼女の恥ずかしそうに、

でもそれ以上に幸せそうな笑顔。

 

考えてもつらくなるだけ

自分を苦しめるだけ

 

髪を振り乱して、

剥ぎとるように消し去っても

何度も何度も浮かび上がってくるそれに

撮影でセットしてもらったばかりの髪は

ぐしゃぐしゃになった。

 

彼女のことを好きになった、とか?

 

という不安定な疑心がどんどん確信に

変わっていくのが手に取る様に分かる。

 

勝算のない恋。

 

自慢じゃないけど、これまでの人生で

フラれた経験なんてない俺が

今気持ちを伝えたところで

フラれる自信しかない。

 

初恋でもあるまいし、

今更こんなことくらいで、と思いたいのに。

 

 

いつも以上に疲労感でくたくたになった身体で

エレベーターを降りると

 

俺の部屋の扉の前に見覚えしかない後ろ姿。

 

「‥‥‥なにしてん、の?」

「あ、」

 

本音は、会いたかったけど、

建前では、会いたくなかった彼女が

手に紙袋を持って、

 

え、何、俺のこと、待ってたん?

 

これ以上、一緒におったら

ガチで好きになる気しかせーへん。

 

この気持ちを抑えられる自信ないんやけど。

 

「‥‥これ、」

 

彼女が手に持っていた紙袋を受け取って、

中を確認すると

ピンク色の蓋したタッパーが1つ。

 

 

「なん、どしたん」

「‥‥‥‥‥昨日、片付けもしないで帰っちゃったし。

切り干し大根の煮物沢山作ったからお裾分け。」

 

やべ‥‥‥‥嬉し、

 

自分の口角があがったのをバレないように

必死に頭に思いつく限りの嫌味を並べるけど

それより先に

 

「うまそ、」

 

本音がこぼれる。

 

「てか、連絡せーよ。笑 

そのために交換したんやろ?」

 

「あ、ごめん‥‥‥気を付けます」

「いや、別に誰が来るわけでもないからえーねんけど。

ほら、俺が泊まりの仕事の場合とかあるし。」

 

流石に合鍵渡せる関係では無いのは明確やし。

 

「何で切り干し大根?

もっと、こうなんかあるやん?

はたちそこそこの女の子が作るもんちゃうやろ。」

 

慌てて嫌味で誤魔化すけど、

あかん、自分でも声が弾んでるのがわかる。

 

「‥‥‥‥嫌いなものとか分からないし

口に合うかわかんないけど、

よかったら食べて。」

 

そう言って、帰ろうとする彼女が

俺の右肩すれすれに通り過ぎる瞬間に

その手首を掴む。

 

「すき、」

「え?」

 

好きよ、俺、結構、いや、かなり、好きよ

 

「‥‥‥‥‥‥‥切り干し大根、めっちゃ好き」

「、あぁ‥‥‥‥よかった、」

 

もう認めざるを得ん。

 

好き。

 

俺、この子が。

 

多分、とかじゃない。

 

どうでもいいなんて、嘘。

 

他の誰かと、なんて全然無理やわ。

 

 

 

「なぁ、一緒に食べへん?

白米くらいやったら炊くし。」

 

でも、って言わんといて。

今日は、素直に俺の言うこと聞いて。

 

そんな願いを込めた眼差しで

彼女を見つめるのが精一杯だった。

 

 

 

 

「これ、着る?昨日の今日で

洗えてへんのやけど。」

 

彼女に昨晩着せた

スウェットを彼女の胸元に向かって放り投げると

「え…でも、」って、また要らん遠慮を見せるので

「俺は、ここで脱ぐけど一緒に着替える?」と言えば

彼女が、脱衣所に駆け込む事は何となく予想出来た。

 

俺の思い通りに動く彼女の気持ちだけが

思い通りに行かんことまで読み取れる虚しさを

とりあえず胸の中にしまって

 

ちゃちゃっと着替え終わって

米を炊く準備をしながら、彼女を待つ。

 

相変わらずぶかぶかのスウェット姿で

現れた彼女にきっと、俺はこれから何度でも

心惹かれてくと思ったら、結構ガチやん。

 

お釜の中の米を水で掻き回すことで

心を落ち着かせようと意識を逸らす。

 

「あ、濡れてる‥‥‥」

 

キッチンに近付いてくる彼女の視線の先を辿れば、

俺のスウェットの手元らへんがしっとり濡れている。

 

「あ、ほんまや‥‥‥悪いんやけど捲ってくれへん?」

 

 

俺には無いと言ったら嘘になる、

疚しい気持ちが

彼女には一切無いことが分かる。

 

何を躊躇うわけでもなく、

彼女は俺の左腕に触れるから。

 

鼓動が早まるのは、きっと俺だけ。

 

触れてくる彼女の手は、

ひんやりと冷たいはずなのに

何故か熱を帯びる俺の身体。

 

二、三度折り曲げられた左腕の袖。

 

俺の背後から回って、

今度は右側に彼女のつむじを見る。

 

彼女が触れる指1本1本に

すべての意識が集中する。

 

これが「恋」やと認めた瞬間

何から何まで潔くドキドキしてる俺。

 

今までは、好きやと耳元で囁やけば

大体そうなって、大概どうにかなった。

 

一晩限り、に限らず。

 

それがなんで、ここに来て

紫耀のことを好きな、この子に。

 

 

「、はい」

 

綺麗に折り返された裾に視線を落として

「向こうで座っとって、30分くらいかかるし」と

伝えると、彼女の動きが止まる。

 

廉の家、コップ1つしか無いんだもん〜って

人ん家に来る度に文句をつけてきた海人が

あげる、って誕生日でもなんでもない日にくれた

意味深にブルーとピンクの2色で

ワンセットのペアグラス。

 

多分、それに彼女が悪い解釈を

付け加えたに違いない。

 

海人のお節介が仇となった形。

 

滅多に客なんて来うへんから

ご飯茶碗も1つしかないし、

こういう時に男のひとり暮らしで

律儀にペアで揃えんのもどうかと思うし

 

必死に釈明するのも

何か違う気がするし

 

でも、

 

「‥‥‥これ、海人が買って来たんよ。

うち、マグカップとご飯茶碗と皿

全部1枚ずつしか無いから」

 

彼女には、分かってて欲しかった。

 

この世界に居ても

歓声ばかり浴びる日々じゃない。

 

謂れのない言葉が鋭く尖って

向けられることも日常茶飯事。

 

大抵のそれらには、

気にも止めないような

スルースキルを身に着けてきた。

 

でも、

誰にどう思われたっていいって程、

強くもない。

 

それに、

 

好きな子にだけは、

勘違いとか誤解とかされたくない。

ホントのことだけ知っとってくれたら

あわよくば、俺のことだけ信じてくれたら。

 

「あ、別に‥‥‥私がとやかく言う権利ないし。

永瀬くんに彼女が居たって不思議じゃないし。

でも、だったら、

こういうのやっぱりやめたほうがいいと思う。」

 

永瀬くん、

また、彼女が一方的に距離を取る。

 

こっちが必死に繋ぎとめてきた

すれすれの関係を簡単に断ち切ろうとする。

 

「や、まじで違うから、やめて。

俺、彼女とかおらんから。や、ほんとに。」

 

必死になればなる程

胡散臭く聞こえる言葉に

焦りを隠せない。悪循環。

 

キッチンから離れて行く彼女を追いかけるように

その小さな肩を捕まえて振り向かせる。

 

彼女の両肩に手を置いて

彼女をソファに座らせて、

俺も彼女の前にしゃがみこむ。

 

「まじで、勘違いせんとって。

だって、俺‥‥‥‥」

 

 

あんたが好きなんやから、

 

言いたかったけど

何故か劣勢に立たされた俺が

今気持ちを伝えたところで勝ち目は無い。

 

「‥‥‥そんなんと違うから、」

 

彼女の前で、格好悪いくらいに

頭を垂らす俺に

「わかった、」と

彼女の冷たい手が俺の左肩に一瞬だけ置かれて

俺は、その手に触れたい気持ちを堪えて

ゆっくり立ち上がった。

 

そのタイミングで鳴り出す携帯電話。

 

俺の、じゃない。

 

今度は、悪い方の「鼓動が早まる」

どくどく、と煩いくらいに音を立てる。

 

鳴り続ける携帯電話に

一向に動こうとしない彼女。

 

なんとなく、嫌な予感。

 

それでも、

 

「‥‥‥出た方がいいんちゃう?」て

俺が言うしかないやん。

 

彼女は、「ごめん」って

バッグから携帯電話を取り出すと

リビングを出て行った。

 

5分もしないうちに戻って来た彼女なのに

その時間がやけに長く感じて、怖かった。

 

誰?、そんなこと聞ける間柄じゃないのに

 

「‥‥‥しょー?」 

 

少し震えた声を咳払いで誤魔化す。

 

「あ、ううん。川嶋さん。」

 

あ、例の。

 

「なんて?」

 

肩の力が抜ける。

 

「‥‥‥合コンのお誘い、」

 

ほら、川嶋さんなんて所詮そんなもんよ。

てか、大体の女は所詮そんなもんよ。

もう次に向けられた視界。

俺のことなんて眼中に無い。

別に、それでいいんやけど。

 

それくらい、

彼女になれんとわかれば

あっさりしてくれてた方が

俺的には都合が良い。

 

「行くん?」

 

「、断った。元々、この間のも帰り際に無理矢理

ドタキャンした子の人数合わせで

連れて行かれただけだし、こういうの苦手だし」

 

それに、紫耀おるしな。

 

自分であえて落ち込むような台詞付け加えて

思い通りに落ち込んだ自分を奮い立たせるように

炊飯器がメロディーを奏でた。

 

 

 

「んま、」

 

彼女が作った切り干し大根は

家庭の味に飢えてるどころか

自炊も殆どしない手料理に

飢えてる俺には十分すぎた。

 

ふぅ、ふぅ、と炊きたての白米に

何度も何度も息を吹きかける俺を

白米を口元まで運んだところで

じっとり見つめてくる彼女

 

「‥‥‥そんな見んといて、」

「‥‥もしかして猫舌?」

「もしかせんくても、猫舌やし」

 

ふはっ、と吹き出すように笑う彼女に

「馬鹿にすんな、」と笑い返す。

 

こんな時間だけが、ずっと続けばいいと思った。

 

後片付けは、私がするっていう

彼女の言葉に甘えることにした。

 

普段、何の色気もない

寂しい男のひとり暮らし。

別に何不自由なく暮らしていたはずなのに

改めて、その存在を愛おしく思えるし

 

彼女がスポンジで泡立てるのを

カウンター越しに見つめれば

そこに僅かな希望すら感じられる。

 

いや、違う。

そんな希望は、ただの勘違いで。

 

舞い上がる前に

しっかり予防線張っとかんと。

 

しんどなるのは、どうせ俺やし。

 

彼女の隣に移動して

「拭くわ」って、

壁にかけられたタオルを手に取る。

 

流れ作業故にたまに重なる小さな肩に

こんなに愛しくて切ない気持ちになってるのも

きっと、俺だけ。

 

彼女にしてみたら、こんなのきっと、何でも無い。

 

 そう、何でも無い。

 

 

 

「なぁ、ハンバーグとかって作れたりする?」

 

何を話すわけでもない時間だけが

シンクの水のように流れるなかで

俺の中の彼女の情報を

少しでも更新させたかった。

 

「作れるけど、」

「マジで?俺、めっちゃ好きなんやけど」

 

俺の経験上、

この展開はパターンA

「じゃあ、今度は作ってあげる♡」が

模範解答で、大体ここで躓くことは無かったのに

 

「‥‥‥‥‥‥」

 

「え、ここは今度作るね、はーとまーく!やん?」

 

彼女は、こうして

俺の経験値を無意味なものにして

今日も当たり前みたいに例外を作る。

 

「作らないよ、」

「なんで、」

「彼女に作ってもらえばいーじゃん」

「だーから、おらんて」

「‥‥‥‥‥れ、廉なら、すぐ出来るよ」

 

じゃあ、あんたが彼女になってよ

 

明日も明後日も明々後日も

ずーっとこの部屋でふたりで居ようよ

 

そう願う一方通行な俺の想いを

どうせ真正面から受け取る気のない彼女に

こんな風にこれからも振り回されるのかと

思ったら、それもそれで悪くない気がした。