永瀬廉 ✕ 片想い ⑪

「よぉ、」

 

いつかのあの日と同じように

お風呂あがりですっぴんの私に

 

いつかのあの日と同じように

グレーのスウェット姿の廉が話しかけてきた。

 

 いつかのあの日と同じように

いつものコンビニの雑誌コーナーで。

 

あの事故から

何事も無かったように廉に会いに行くべきか

なかったことなんかにしないで廉と向き合うべきか

 

何が正しくて、何が間違いなのか考えた。

 

沢山、沢山考えた。

 

結局、答えなんて導き出せないまま、今日になった。

 

 

どこかで、ここで偶然を装って廉と会えたら、って思ってた自分。

 

 何も変わらない廉に「酔っていた」からとか

「無かったことにしたい」からとか

 いろんな憶測が飛び交っては、

結局、自分の中で消化不良。

 

「あ、うん。」

「こんばんは、やろ。」

「・・・こんばんは。」

 

私の背中を通り過ぎた廉は、

ビールを2、3本カゴに入れて、

今度は、私の居ない陳列棚の間を

通ってレジへ向かう。

 

 

今日は、誘ってくれないの?

 

いつもみたいに「飲もうや」って強引に腕を引いてくれたら

私は、仕方ないみたいな顔して付いていくから。

「友達」だって、思えるから。

 

そんな私の願いは、虚しく空振りして

廉はお会計を済ませると

「じゃー」とろくにこっちも見ないで

私に手を振って店を後にする。

 

 

自分でもこんなに素早く動けるんだってくらい

気持ちが身体を動かした

雑誌を棚に戻して、店を出て、廉のあとを追いかけて、

サンダルが片方脱げて、遠退く背中に

 

「廉っ、」

 

名前を呼んだら、廉が足を止めた。

 

ゆっくり振り返った廉が

私の足元を見て、呆れ顔。

 

「お前、何してんねんな、もー。」

 

シンデレラじゃあるまいし、と何の色気もない

サンダルの片方を廉が拾いに戻って来る。

 

「ほれ、」

 

廉に持っとけって言われて、

持たされたビールの入ったレジ袋。

 

廉が目の前でしゃがんで、

私の左足を自分の右腿に乗せる。

 

ぱたぱたと小石を払って、

素足にサンダルを履かせて。

 

おとぎ話みたいなシチュエーションで

王子様みたいな顔して、でも、廉は、私の友達。

 

「廉、合コン行くの?」

 

廉の茶色みがかった丸い後頭部に。

そんなことが聞きたいわけじゃなかった。

 

 

「は、何よ。急に。」

 

立ち上がった廉は、

自分の膝を軽く払いながら

目を合わせようとしない。

 

「西原くんが言ってた。廉も誘った、って。」

「まぁ、そろそろ?失恋も癒えた頃やしな。てか、なに?」

 

私の知ってる廉じゃないみたいだった。

「友達で、」そう言ったのは廉なのに。

どうして、そんな顔するの。

 

めんどくさそうにしないでよ。

 

 

「・・・・・廉、彼女欲しいの?」

こんなことが聞きたいんじゃない。

 

 

やっと目が合ったかと思えば

酷く冷めた目で

「お前に関係ないやろ、」って言われた。

 

頭を強く殴られたみたいな、そんな痛みが走った。

 

廉は、私のことが好きだったんじゃない。

きっと、彼女が欲しかったんだ。

 

そういう人だったんだ、そう思えば、

廉のことなんて嫌いになって

廉のことなんて忘れたくなって

 

最低、最低、最低

 

心の中で3回そう唱えたら、錯覚も幻覚も

少しは現実に近付くような気がした。

 

平野君のことだけ、考えられるようになる。

 

「‥‥‥」

「じゃ、行くわ。」

 

何も言えなかった。

 

コンビニから漏れる白い光に

ひとり取り残された私の気持ちなんて

もう、どうでもいいんだ。

 

 

私だって、廉のことなんて

もうどうでもいい。

 

 

 

 

その帰り道、平野君にメッセージを送った。

「今から会えますか?」って。

 

 

「‥‥‥‥‥、」

 

その1時間後、初めて平野君とキスをした。

私のマンション前に停められた平野君の車の中で。

ハザードランプの音とオレンジの点滅に

急かされるように平野君が前のめりになって。

 

「‥‥‥緊張してる?」

 

こういうの慣れてるんだろうなって

 

そういうことになる前の雰囲気の作り方とか

視線を合わせるタイミングとか

顔を傾ける角度とか、その合間で見せる笑顔とか

そういうの全部が何もかも台本みたいに自然で、

それなのにその1秒後のことは何も予測できなくて。

 

器用な彼に合わせるのに必死になって

息をするのも忘れそうになった。

 

廉の不器用なキスとは、全然違った。

 

唇が離れて、

触れての繰り返しのキスは

私の知らないキスだった。

 

私の気持ちを置いてけぼりになんかしないで

歩幅を合わせてくれるような

それでも、ちょっと背伸びした世界へ

連れて行ってくれるような

 

「・・・・・可愛い、」

 

廉は、そんなこと絶対言わない。

私の選択は、何も間違ってなかった。

 

廉のことなんて、もう知らない。

 

 

そう思うのに、会社の帰り

廉の住むマンションを見上げる癖は直らないし

 

廉が読んでる漫画の新刊が出てれば、

教えたくなるし

 

コンビニのくじで当たって貰った

全然知らないキャラクターのお皿は

廉の家にしれっと置いておこう、なんて考えた。

 

もう、どうでもいいのに。

全然出て行ってくれない、私の中から。

 

いつも突然で、

いつも強引で、

 

直ぐに可愛い女の子に言い寄られるところも

突然、強引に飲みに誘ってくるところも

人を馬鹿にしたみたいに笑って揶揄ってくるところも

 

平野君の好きなところを言うのと

同じくらい廉の嫌いなところを言うのはキリがない。

 

 

 

 

廉なんて、廉なんて。

 

 

今頃、合コンで

新しい女の子の連絡先を増やしてるだろうし。

 

私のことなんて、どうでもよくて

最初から、誰でも良かったんだよ。

 

平野君の彼女になった夜、

なかなか寝付けない私の脳内をリフレインするのは、

平野君とのキスじゃない少し苦いキスで。

 

そんな自分に自己嫌悪に陥った。

 

 

 

 平野君の彼女になって、

2日目のキスは、車を降りる直前。

 

昨日の、とは違う触れるだけの優しいキスだった。

初めてのキス、みたいなキスだった。

 

「・・・・・なに?物足りない?」

「ちっ、ちがう・・・けど。」

「もっと、凄いのが良かった?」

「えっ?」

「そういうのも出来るけど、俺。」

「いっ、今ので十分です。」

「なんか、今日疲れてるみたいだし遠慮してみた。」

「‥‥ごめん、」

「ううん、俺の彼女は体力勝負だから、覚悟しといて。笑」

「・・・・・」

「なーに考えてるの?、」

「なっ、そんなんじゃないっ、」

 

きっと、平野君は何かを悟ってた。

そんな顔してた。

 

自分でも、こんなの精神衛生上良くないって

分かってるのにどんどん、どんどん

漆黒の闇に支配される、この感じ。

 

 

 

 

 

「じゃあ、また明日ね。」

 

平野君の車が、遠くに消えて行くのを見送って

聞き覚えのあるサンダルが地べたを引きずるような足音。

 

「・・・・・よぉ、」

 「廉、」

 

「なん、デートの帰りか。」

 

遠くにみえる平野君の車のブレーキランプ。

右折する、それを廉の目が追う。

 

「うん、そっちは合コンの帰り?」

「おん、」

 

どうだったの?って聞きたかったけど

また「お前に関係ない」って言われたら

そう思うと、怖くなって、それ以上は聞けなかった。

 

「、紫耀と付き合うことにしたん?」

「・・・・・・・・・・・廉には関係ない。」

 

そっちが先に言ったんだよ。

仕返し、だからね?

 

 

 

なのに、なんで、そんな顔するの。

 

寂しそうにしないで。

悲しそうにしないで。

苦しそうにしないで。

 

私が、もっと辛くなる。

 

「そんなこと言わんといて。」

 

私は、なんで廉の腕の中に居るの?