永瀬廉 ✕ 片想い ⑫

 

西原に誘われて、

正直、乗り気な訳では無かったけど

失恋の痛手って、新しい恋でしか埋まらんって気付いた。

 

だけど、

 

全然つまらん。

 

彼女に開けられた穴は

思ったよりも広くて深く

彼女以外に埋められる女なんておらんことを

思い知らされるだけやった。

 

無駄に揺れるピアスも

生地の薄いブラウスから覗く谷間も

不自然に巻かれた髪から漂わせてる香水も

わざとらしくオーバーなリアクションも

 

全然、そそられんくて。

 

俺の部屋で、

俺のスウェットに身を包んで

「でも、」「だって、」って

小さな声で否定的な言葉を並べる

彼女のほうが、100倍魅力的で。

 

手を伸ばしかけては、

何度自分の理性と戦ったことかわからん。

 

 

デビューしてから、

いつでも見られてるって意識しろって

事務所にやかましく言われ続けて、

言い寄って来る女の中から適当に口の堅そうな、って

言っても誰も信じられん日があったのも事実。

 

正義の顔した悪がいつだって、

俺の周りをうろつきまわってる気がしてた頃

彼女との出逢いは、良くも悪くも俺を変えた。

 

そんな彼女との出逢いも、

こんなやる気のない合コンで。

 

絶対好きにならんタイプ、という俺の概念を

無駄なものだった、そんなもんなかった、とでも

言いたげに、崩してきた人。

 

彼女が、無自覚やから

もっとタチ悪くて。

 

一方で、俺も「好き」と認めるまでに

無駄な抵抗を繰り返して。

 

あの時。

 

テーブル挟んだ向こう側で

確実に恋が始まる瞬間を目の当たりにして。

 

別にこれと言った決め手があったわけじゃないはずなのに

彼女を紫耀んとこにやりたくない、みたいな感情だけが

ずーっと、海の底を這うみたいに存在していた。

 

彼女が恋に落ちた瞬間

もしかしたら、

それは俺が失恋した瞬間なのかも、なんて。

 

 

 

入れ替わりに隣に女の子が座る度に

違和感に侵されてく、俺の左肩に

耐えられなくなって席を立つ。

 

途中「永瀬くん帰っちゃうの?」なんて

見上げてくる女の子が掴みかけた腕を

愛想笑いで持ち上げて交わす。

 

「西原、ごめん、俺、先帰るわ」

 

いや、お前居なくなったら

女の子達に恨まれるの俺じゃんって

西原の声がしたけど、

聞こえないフリして、暖簾を潜った。

 

「あ、ここで。」

 

自宅の徒歩10分にも満たないマンションの近くで

タクシーを降りた、

 

ことを直ぐに後悔した。

 

見覚えのある車が近寄るなとばかりに

ハザードランプの点滅を繰り返していて嫌でも

視界に入る重なるふたつの影。

 

おいおい、こんなとこでチューなんかすんなや。

撮られたら、どうすんねんっていうのは建前で

本音は、嫉妬でぐっちゃぐちゃだった。

 

彼女が車から降りて、

車を見送る背中が手の届かない存在になってしまった。

 

彼女に合コンの成果を聞かれたら

「もう、それはモテモテよ。俺、誰やと思てんねん。」って

嫌味たっぷりに言ってやろうと思ってたのに

どうでもいいのか、俺がそれをぶつける出番はやって来んくて。

 

彼女に関係ないと言われた時

自分で下した仕打ちの重さに気が付いた。

 

勢いで腕の中に閉じ込めてみたけど、

彼女に聞かせられる言葉なんて

なにひとつ用意してなくて

 

「・・・れん?」

 

名前を呼ばれて、とりあえず腕をほどいた。

 

「ごめ、・・・・・俺、酔ってるわ。忘れて。」

 

他人の女に手を出すほど、不自由なんかしとらんのに。

なんで、この子じゃなきゃ駄目なんやろ、って

これも彼女に出逢ってから

何度自問自答したかわからん。

 

彼女に忘れてって

自分のしたことを無かったことにしてって言うのも

何度目か数える作業が虚しさに変わってく。

 

一度も、なにひとつ、忘れて欲しかったことなんてないのに。

 

身体を反転させて、自宅の方へと左足で一歩踏み出した時

「れん、」ってまた呼ばれた。

 

俺を呼ぶ彼女も、数分前に抱きしめた彼女も

他人の、紫耀の彼女で

それ以上でも、それ以下でもない。

 

もうどう足搔いても

変わりようのないない事実だけは

きっと、これからも抱きしめようがない。

 

「・・・・・ん?」

 

彼女の顔を見るのが怖かった。

顔を左に90度振るので精一杯の俺に

 

「おやすみ、」って、聞こえて

「ん、」って、曖昧な返事だけ残して。

 

終わった。

ぜんぶ終わった。

 

どうせ出逢った頃から、失恋する運命だった恋だ。

今更、何の期待を込めたって無駄だ。

 

 

なのに、鼻先がツンとして

飲み込んだのは、「言葉」でも「呼吸」でもなかった。

 

 

 

 

 

廉に初めて押し倒された時、

この人嫌いだって思った。

 

合コンに同席した会社の女の子達が口を揃えて

好きだと言ったところも大嫌いだって思った。

 

廉に初めてキスされた時

この人嫌いだって思った。

 

私の気持ちなんてお構いなしに

真っ直ぐ自分の気持ちを押し付けてくるところも

大嫌いだと思った。

 

廉に初めて抱きしめられた時

この人嫌いだって思った・・・・・・・・・・、?

 

ねぇ、?

 

遠くなる背中に向かって名前を呼んだのは、

所謂「身体が勝手に」っていう、のだった。

話したいことがあったわけじゃない。

ただ、廉に抱きしめられたとき、

廉が寂しそうな顔したから、って、それだけ。

 

私には、大事にしたい人が居るし、

それは、廉じゃないし。

 

自分の心に言い聞かせるみたいに

廉の背中を見送る私の右足は、

何故か半歩前にあって

バッグの中で震える携帯電話に

気付かないフリをした。

今は、誰とも上手く話せないと思ったから。

 

部屋に入って、カーテンを閉めると

来客を知らせる玄関のチャイム。

 

「、あ‥‥」

 

玄関のドアの向こうに立っていたのは平野君で。

 

「さっき、携帯鳴らしたんだけど。」

 

「あ、ごめん・・・何だった?」

「わすれもの、」

「え?‥‥っ、」

 

腰にまわされた腕で

身体ごと持ち上げるように抱きしめられて。

 

「・・・・・大切にしたいって思ってる。

俺のこと、同じように大切に想ってくれるなら。」

 

それだけ言って、

離れて行く平野君の背中を

見送る足は、動けと願っても

呪文がかけられたように動かなくて。

 

馬鹿な自分が、一番嫌いだ。

どう考えても、これ以上の正解は、ない。

 

閉めたばかりのカーテンの隙間から覗く平野君の姿。

 

車に乗り込むまで、何一つ迷いなんて無い。

 

そんな平野君の隣に居ることが、きっと正しくて。

きっと、幸せ。

 

うろうろと行ったり来たり迷い続けてる私に

きっと、ずっと、気付いて、傷付いてたはず。

もしかしたら、バックミラーの中の私たちに

気付いて傷付けてしまったかもしれない。

 

このままじゃ、誰も幸せになれない。

 

平野君に「おやすみ」の返信をして

ベッドの上で瞼を閉じた時、

浮かび上がる寂しそうな顔に何度も寝返りを打った。