永瀬廉 ✕ 片想い ⑬

 

「明日は8時に迎えに来るからね、」

「へい、お疲れーっす」

 

業務的なやり取りの後

頭に乗っけただけのキャップを深く被り直し

ギリ視界を確保する程度にマスクをあげて

 

マンションの前で

事務所の送迎車から降りた。

 

ドラマの撮影と映画の撮影

新曲のプロモーションが重なって

寝に帰るだけの生活は、

今の俺にとって、都合が良かった。

 

身体が生活に追いつくだけで精一杯の状態は

精神的に他事を考える余裕が無い。

 

紫耀とは、お互いに「それ」については触れない。

暗黙のルールみたいなもんが勝手に出来上がって。

 

紫耀も俺に気を遣ってなのか

楽屋で彼女の名前を聞くことすらも無かった。

 

それで、良かった。

それが、良かった。

 

変な気ぃ遣わんといて、と

余裕みせたフリするほど

大人にもなれんくて。きっと、まだ、しっかり傷付く。

 

彼女が、紫耀の彼女になった、という事実に。

 

 

 それでも俺の中で、彼女が色褪せる日は

必ず来るから、そう信じて

宛のないその日を待つしかなかった。

 

 

 

 

 

平野君からは、あの夜以降

朝の「おはよう」と、

夜の「おやすみ」以外のメッセージは届かない。

私も挨拶を返す以上の連絡は出来なかった。

だから、ふらっと、仕事帰りに、

家の前に平野君が車を寄せることも無い。

 

優柔不断のくせに、欲張りな

私に嫌気が差してしまっても、仕方ない程で

 

平野君の彼女、で

廉の友達、の私が

 

迷うなんてこと自体がおかしいのは

自分が一番分かってる。

 

平野君のことも廉のことだって

これ以上傷付けたくない。

 

通い慣れたコンビニから

自宅のあるマンションまでの道のり。

 

コンビニ前の横断歩道を渡って

すぐのマンション。

 

見上げた先の部屋からこぼれる灯り。

そこに「行きたい」けど「会いたい」けど、

そこに辿り着く理由なんて、見当たらなかった。

 

世間話を出来る友達だと思ってた廉に

平野君との惚気に近いような悩みを打ち明けた夜もあった。

それで、「友達」になれるって思ってたから。

だから、私に向け続けてくれた「友達」以上の想いにも

ずっと、気付かないフリして傷付けた。

 

答えを出すまでは、

「会ったら駄目」だと分かっていた。

 

それなのに

答え?「平野君の彼女」以外に何があるって言うの。

そんなもうひとりの自分からの問いかけに

聞こえないフリを貫いて、

 

「‥‥‥なん、」

 

ドアロックを外さないままのドアの向こうで

眉間に皺寄せた廉の少し驚いたあとの不機嫌そうな顔。

寝起きの時のそれとは、違う。

 

「‥‥……悪いけど、あげれんよ。」

「、誰か居るの?」

「………おん、」

「‥‥‥‥……そっか、」

「てか、もう来たらあかんやろ。」

「……‥‥なん、で?」

「なんでって‥‥、お前さぁ」

「友達、でしょ?私達」

「、そういうことじゃないのよ。」

「…………………どういうこと?」

 

分かってる。

 

私が、ここに来ちゃいけない理由は

どんな自己啓発本にも書かれるわけがない。

 

書くまでもない、ことだから。

 

廉の後ろで、「永瀬くーん?」って声がした。

女の子の、声だった。

 

「‥‥………そういうことやから。」

 

察しろ、と言わんばかりに冷たく

ガチャンと閉じられたドア。

 

そう言えば、前にもあった、こんなこと。

 

私、いつから、こんな女になっちゃったんだろうの続き

自分の中に言葉を探してやめた。

 

恋多き友達の彼氏の愚痴、

いつも他人事みたいに面倒なものだと振り分けた。

今の私は、そんなあの子達より、ずっと、ずっと面倒くさい。

 

こんなドア1枚の隔たりなんかで

遮られたって、全然駄目で。

 

むしろ、答えを導き出すには十分だった。

 

廉なら、すぐに彼女が出来る、って分かってた

私とのことなんて、すぐに上書きされるって分かってた。

それでいいと思ってた。私もすぐ、忘れられるって思ってた。

一緒に過ごした夜もあのキスも。

 

意地悪だけど、優しくて。

見かけによらず、甘えたで。

不器用なくらいに、真っ直ぐで。

そんな、廉のことなんて忘れられる、って。

 

なのに、会わない間も

姿形は感じられなくても

廉は、そこに居た。

 

会社の給湯室で、廉の話題になったお昼休みのあとは、

なんか凄く怖い顔してるって、同期に指摘されて、

その理由を探る前に何度も目を逸らした。

 

どちらかを選べば、どちらかが傷付く。

結局、みんなが幸せになる道なんてない。

 

いっそのこと、どちらも選ばなければ。

そんな選択肢とも戦った。

 

でも、廉に彼女が居る、って知って

自分の気持ちにもこれ以上嘘がつけないと知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

私、廉が好き。

 

 

 

だから、

 

 

もう、私は

平野君の彼女では、居られない。

 

それが、わたしの答えだった。

 

 

 

平野君の深い溜息。

カチカチ、とハザードランプの点滅音。

別れ話に相応しくない陽気なラジオパーソナリティの曲紹介。

ふたりの間をゆっくり引き剝がす

「元カノへの未練」を歌った流行りの曲。

 

 

 

「、これ、流行ってんだよね。」

「………………うん、」

「、めちゃくちゃ刺さるわー。」

「、ごめんなさい」

「謝んないで、そっちのが、辛いわ (笑)」

 

遠ざかる平野君の車を見送った時

いつかのラブソングみたいに

数回ブレーキランプが点滅した。

 

とくに意味の無い義務的なことだったかもしれないのに

胸が苦しくなった。

 

平野君は優しかった。出逢った時から、ずっと。

完璧すぎるくらいだった。

だから、辛かった。

罪悪感と私が、そこに置き去りになった。

 

平野君は、幸せになる資格の無いはずの私に

「もう、間違えちゃ駄目だよ」と言った。

 

間違い、なんかじゃなかった。

 

 

今更、何を言っても

都合のいい言い訳にしかならないだろうけど

私、ちゃんと平野君が好きだった。

 

初めて出逢った数合わせの合コンに

意味をくれたのは平野君だった。

 

信じてくれないだろうけど、

 

私の泣く理由なんて、

きっと誰の共感も得られないだろうけど

私も悲しかった。

 

平野君の隣が好きだったから。

 

私が向かう先には、ハッピーエンドは無い。

だけど、今日が、この物語の最終回。

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ほんま、こういうの困る、帰って。」 

 

この間の西原主催の飲み会で、

最後に俺の隣に居た女の子。

 

西原から謝罪するLINEスタンプが送られてきて、

クエスチョンマークだけで返した直ぐの出来事。

謎は、解けた。

 

普段は、滅多に会うことの無い

同じマンションの住人の目が気になりだして

玄関先で、不毛なやり取りを続けても

一向に帰る気の無さそうな女の子を

玄関の中まで入れて、ドアを閉めた。

 

「、1回だけでいいから」

 

そう言って、俺の利き手を取る女の子の爪は

それ絶対自炊しとらんやろ、という程のネイルが施され、

やっぱりこういうタイプの女の子、後腐れしかないわ、と

「だる、」の溜息を漏らした。

 

「や、1回だけ、とか無いのよ、俺」

「だめなの?」

「あかん、って」

 

試合終了の合図みたいに、

次の来客を知らせるモニターに

映し出される彼女の姿に一瞬黒目が揺れた。

 

「ちょ、中入って、出てきたらあかんよ。」

「はーい」

 

聞き分けのいい語尾を伸ばした返事をする女の子を

リビングで待たせ、玄関のドアロックをかける。

 

いつになく聞き分けのない他人の彼女には、

もうどんな勘違いされても構わなかった。

 

もちろん、リビングで待つ女の子を

1晩限りの相手にするわけもなかったけど。

 

俺なんか選ばんくて、正解よ

紫耀にしとけ

 

1枚挟んだ向こう側で、少しの静寂に耳を寄せたあと

遠ざかっていく彼女の足音にそう伝えた。

 

「シャワー借りてもいい?」

 

リビングに戻ると、

すっかり「その気」の女の子を

再び玄関に連れてくまで15分かかった。

何もかもが、彼女と違って、

いちいち彼女を比較対象にして。

 

 

 

やっと、ひとりになって、

疲れているはずなのに、

なかなか意識を手放さないベッドの上

 

そういえば、この真白なシーツの上で

「その気」になった夜があったな。

 

ベッドの片隅で壁際に寄せた小さな肩を

ひとつの夜だけで何度も寝返りを打つフリして

眺めては目を閉じて。

 

そんなことを思い出しては

 

「あ゙ー

 

気が付いたら、朝の4時。

8時には、マネージャーが迎えに来るのに。

結局、今寝たら終わりかも、とテレビの前のソファに腰を落とす。

チャンネルをコロコロ変えても

まだ、らしいテレビもやってない。

 

今なら、もう一個つけても同じ値段、とか、

あーだこーだ、誘い文句を並べるくだらなさに

今更睡魔が襲ってきたとき

アラームでは無い音が携帯電話を揺らす。

俺と話す気がないような、短い着信だった。

 

今度は、来客を知らせる音と同時にモニターが白く光る。

5時過ぎ、という悪戯にしては、あまりに悪質な時間。

 

「、は?」

 

幻にしては、鮮明すぎて

真実にしては、信じ難い光景。

 

モニターのなかで俯く姿に「迷惑なんやけど、」と声を掛けたら

目を真っ赤に腫らした彼女が顔を上げた。

 

「…………ごめんなさい、」

 

モニターのスピーカー越しでは

拾いきれんような細い声が床に落ちた。

 

こんなとこ、またマンションの住人にでも

見られようもんなら俺のイメージ問題にも繋がる。

 

仕方なく、彼女を部屋にあげて、

俺が出来る限り冷たい視線で見下ろすと

ボロボロッと大粒の涙をこぼして、俺を見上げる。

 

「は、ちょ、泣くなって、」

 

この構図は、どう見ても俺が悪い気がしてくる。

仕方なく、彼女を部屋にあげてローテーブル前に座らせる。

 

時間が経っても、落ち着くどころか、

彼女の涙は、次から次へと溢れ出す。

 

お酒を作るためにストックしてある

炭酸水のペットボトルを彼女の前に置く。

 

「、かっの、じょは?」

 

は?って、言いかけて、

さっき、仕掛けた罠に引っ掛かったままの彼女に気付く。

 

「おらんし、」

「っでも、」

 

「、んなことどーでもいいのよ

なに、紫耀と喧嘩でもしたん?」

 

ぐずぐずと鼻を啜りながら涙をぽろぽろとこぼす彼女のまえに

ボックスティッシュを置いて、2枚取り出して彼女に渡す。

 

「……………か………れ、た」

「、は?聞こえんて。」

あからさまに彼女に耳を寄せる仕草を見せて。

 

「ひ、らのくっん、と」

「おん、」

「わか、れ……っ、た」

 

いま………………、

なんて?

 

処理能力が追い付くまでに少しの時間が必要だった。

、ちょっと、まだ理解できん。

 

「…………は?、」

 

ぺたん、と足を折り畳んで座り込む彼女の前に

目線を合わせるようにしゃがむ。

 

彼女のおでこに前髪が垂れて、

隠れる奥の瞳を追いかけるように覗き込む。

 

左手の人差し指でおでこにかかった髪をサイドに寄せて

何の戦略も読み取れない上目遣いで

うるうると十分過ぎる水分量で

視界を歪める彼女の視線が床に落ちる前に拾うように見つめ返す。

 

ひっくひっく、と

自分ではどうにもならない様子の彼女の背中に腕を回して擦る。

 

「泣いてたらわからんやろ?」

「、ひら、の、くん、とわか、れっ、……た」

「ん、それはわかったから、何があったん」

「、れっ………ん、」

 

まるで、子供みたいに泣きじゃくる

彼女は両手で顔を覆いながら、

ひとの名前を繰り返し吐き出す。

 

「落ち着け、って」

「……っ、れん、」

「はい、」

「っれ、ん、が」

「おん、」

「…………………………すき」

 

一瞬、時が止まったように彼女の背中を擦る手が止まった。

 

「……………は?」

 

夢なら醒めんといて、と願った

でも、夢じゃないなら、

 

 

 

「、えーの?」

「っ、……」

「俺で、えーの?」

「ん、」

「後悔したって、もう離せんけど、ええの?」

「ん、」

「やっぱり紫耀がいいとか言わん?」

「…………ん、」

「そこは、即答せんと」

「ん、」

 

「お前、アホやな」

 

俺の胸の前で、上手く喋れないほどに肩を上下させて

泣き止む気配のない彼女が愛しい。

 

「……、」

「いや、俺が女でもようせんわ、紫耀を振るとか」

「お前、見る目ないな」

「っし、しって、る……」

「は、だる、なんなん、お前」

 

 

 

「れ、ん、」

「ん?」

「っ、くっ………ひっ、す、き」

「知っとる」

「れっ、んは?」

「…………好きよ、大好きよ」お前より、ずっと前からな

 

遠回りしたついでに

悪気無く傷付けたり、不器用に傷付いたりした

彼女の小さな頭をぽんぽんと撫でる。

 

「抱きしめ、て、えーの?これ」

俺の問い掛けにコクン、と首を落とす彼女。

 

もう酔ったふりせんくても

抱きしめていいらしい。

 

小さくて丸い頭を抱き寄せた。

 

「いい加減泣き止んだら?(笑)」って、

顎を乗せてぐりぐりしてみたら

「痛い………」って、離れて

 

「なぁ、」

「っ、ん?」

「ちゅーして、」

「っ………え?」

「もうふらんでな?、結構、廉くんデリケートなんやから」

「………恥ずかしい、」

「えーから、ほら、ん!」

 

俺のトレーナーの左胸が色が変わるほどに濡らしても

まだ泣き止む様子が無い彼女の顔は、

まあ、酷くグシャグシャで。

 

しゃがんだまま、

クロスした腕を自分の膝に乗せて

目を閉じて口を噤んで、彼女のくちびるを待つ。

 

うっすら目を開けると、

少し前のめりになったり、元に戻ったりを繰り返す彼女。

 

「っ、」

 

待ちきれず、ぶつかるように

くちびるを合わせに行く俺に「もー」って小さく笑う彼女。

 

「お前、その顔じゃ、今日会社行けんやろ?」

「ん、休もうかな、月初過ぎたし」

「おん、じゃー、家で待っとってよ」

「?いいけど、」

でさ、」

「ん、?」

 

「作ってよ、ハンバーグ」

 

俺に彼女が出来た記念にさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しょおがふられるなんてあるんだね」

「お前、面白がってない?」

「んーん、気まずい?」

「、や」

「しょおのそういうとこ、すき」

「おまえに好かれても嬉しくないわ」

「え、酷いんだけど」

「や、俺も廉も海人のそーいうとこに救われてるわ。」